「権力」に操られる検察 (双葉新書)
今、検察が危ない。無条件に「正義」だと信じられてきた検察は、暴走と劣化を繰り返し、日本の社会にとって非常に危険な存在となっている―郷原信郎『検察が危ない』
著者の三井環氏は、検察における血税を財源とする「調査活動費」に係る「裏ガネ問題」を暴こうとして、02年4月に現職(大阪高検公安部長)で“逮捕”された。その前年、“組織的裏ガネ作り”の問題を封じ込めるため、検察上層部は、「カミソリ後藤田」こと故・後藤田正晴氏(元法務大臣)に泣きつき、「けもの道」に踏み込んだとされる。そして、「自民党政権に巨大な借りを作った検察は、捜査機関が本来果たすべき役割を見失い、暴走を始めた。「検察の正義」は、見るも無惨に崩れ去った」(本書p.13)のだ。
「けもの道」に入り込んだ検察は、小泉純一郎や安倍晋三などの最高権力者、そして何より自民党という「政治」の顔色を従前以上に窺うようになり、当著に例示する「鈴木宗男事件」(東京地検特捜部)「朝鮮総連ビル詐欺事件」(同)「小沢一郎事件」(同)及び「郵便不正事件」(大阪地検特捜部)などの“無理スジ”な案件を、マスコミへのリークで風を吹かせながらでっち上げてきている。特に、詳細は本著に譲るけれども、吐き気すら催すのは“でっち上げ事案”とは異なる「日歯連ヤミ献金事件」ではなかろうか。
この事件は、裁判官ですら異例の「検察批判」を行った程だが、著者と同じく検事出身である冒頭の郷原信郎氏が語るように「検察が危ない」のである。今や検察は「日本の社会にとって非常に危険な存在となっている」のだ。最後に、三井氏は「司法制度改革」の一環として、「公安調査庁」や「調査活動費」の廃止、「取り調べの全面可視化」や「押収品目録、残記録の全面開示」などを訴えている。実に理に適った提案であると考えるし、三井氏は何より国会で、是非とも検察の“裏ガネ作り”を証言すべきである。
私は無実です 検察と闘った厚労省官僚村木厚子の445日
「通常、企業犯罪で罪に問われるのは課長以上。だが、この事件ではなぜ係長が罪に問われ、課長は無罪放免なのだろうか?」
この本を読む前にこのような疑問があった。
この本を読んで、少しは解決した。虚偽有印公文書作成・同行使に問われている上村係長は、課長印はシールボックスの中にあり、誰でも押すことができたといっている。よって、今回に限らず、文書の偽造は常態化していたと思われ、法的には罪を問われなくとも、村木氏は課長としての責任は問われるべきである。