![]() からん(4) (アフタヌーンKC) |
最近の若い者はと言い出したら年寄りだそうですが、それでも言いたいです。 自分の親におんぶにだっこ状態で、それでも犯罪さえ犯さなければまともな人間だと思っている人に是非みてほしいマンガです。 現実世界で会えなくなりつつある女子高生に会えるのが楽しくて、柔道にはまったく興味がないけどはまってみてます。 |
![]() 巨娘(1) (アフタヌーンKC) |
アフタヌーンは創刊号から購読していますが、「神戸在住」はほのぼの過ぎて
性に合わなかったので全然読んでませんでした。ですがこの「巨娘」を読んだ時は それまでの作者に対してのイメージが一気に塗り替えられて、それからは毎月 楽しみに読んでました。 主人公の「ジョーさん」は身長181cmのスタイル抜群な巨娘。焼き鳥居酒屋の 支店長にして優れた経営センスと無敵の破壊力を誇り、仕事に生活に欲望に、徹底的に 手抜きなく削岩機のように全てをこなし、ダメな仕事や人間など目障りなモノあらば 眼力で畏怖させ腕力で叩き伏し脚力で薙ぎ払い、そして仕事の後は大ジョッキ片手に ヒロインで年上の美樹ちゃん(♂)をクマが人形を愛でるかのように折って畳んで ひっくり返して味わい、舐りまくってます。 どんなダメダメな部下であっても、一度でも面倒を見る事が決まれば、どんなことが あろうがあっさり見捨てて放任するような生優しいことはしません。 自宅に引き篭もって仕事から逃げようものなら、速攻で押し掛けて玄関のドアを 蹴破って首根っこ鷲掴んで引きずり出し、鉄拳指導にて生きる事の厳しさをみっちり 叩き込む。そして努力の跡が見えれば、たまにはさりげなくフォローもする人情も。 スジモンの脅し文句にも微動だにせず逆に怯えさせるほどの肝の据わりと、店を 任された者としての責任感の強さから、社長や同僚や部下から絶大な信頼と尊敬を 受け人望もぶ厚く、他人の助けなど一生涯無用な常に豪快に我が(王)道を突き進む スーパー主人公の姿を読んでいると、「自分もこんなふうにゴリゴリ生きてみたい!」 と素直に思えました。 そのほかにも司法免許に楽々合格し、4桁の暗算を同時に幾つも瞬時に弾き出すほどの 天才的な頭脳を持ちながら、常に肉体的強者を求め、最大の目標=ジョーさんを倒す機会を 虎視眈々と窺う、出刃包丁使いで仕事の出来る優秀な片腕のトオル(♀)、普段は仕事のできる おしとやかで可憐な淑女ながら、自らが惚れた男性にちょっかいを出す輩には紅蓮の殺意を もって威嚇し戦慄させるサチさん、あとどうにも使えないポン子など超個性的で面白い サブキャラも大勢居て、さらにはアンダーグラウンドでヤバイ世界などの描写もあり、とても 広く奥深い知識が得られますww この本は特に職場のグダグダな後輩や部下の扱いに悩んでおられる方々にぜひオススメです。 腐りきった人間に丁寧に根気よく教えてあげるなんてのはまさしく愚の骨頂!これ読んで ジョーさんを見習って、些細構わずムカつく点があれば間髪いれず思いっきりブッコロして そのだらけた身体に礼儀と常識を徹底的に叩き込んでやりましょう。 そして良い仕事が出来るようになったら、さりげなくフォローしてやってあげましょう。 |
![]() 神戸在住(10) <完> (アフタヌーンKC) |
作者が深みのある人物像を何人分も描き分けており驚く。
登場人物の性格描写はリアルで緻密。しかし、あからさまな悪意は消し去られている。 現実の大学の一大勢力である無気力で怠惰な学生もわずか一人しか登場しない。 才色兼備で優しい博士後期課程の先輩もいる。楽しく友愛に満ちた理想の大学生活だ。 それが逆に日常的でささいな負の感情を浮き彫りにして強烈な印象を残す。 誰にとっても身に覚えがあるはずの負の感情だ。 また、登場人物の多くは心に傷を負った人たちでもある。 主人公の友人でムードメーカーの鈴木さんも単純に明るいだけの女の子ではない。 素朴な絵柄と学生たちの明るいギャグ等で巧妙に打ち消されてるが、物語の芯は尾を引くように暗くて重い。 物語がほのぼのとして見える一番の理由は、主人公が過去に悲惨な経験をあまりしていないからだろう。肉親との別離や持病のある弟への負い目などは描かれている。しかし、それらはもの心がついた頃のあいまいで幼い記憶。 対して主人公の友人たちのケースとして描かれるのは、世間をリアルに見ることができる年齢以降に経験する震災、友人の死、複雑な家庭環境、身体の障害、疎外など、生々しい記憶を伴うものだ。 主人公は、かつて二回、悲惨な経験を通じた友人たちの連帯感のようなものに触れて、「わたしには何もないなぁ」とつぶやいている。 悲惨な体験をしていないために、主人公は友人たちの心の傷を心底から理解しているわけではない。もらい泣きをするシーンが頻繁に描かれているが、それは本好きゆえの感受性だろう。そんな主人公の目を通して語られることによって、友人たちの劇的な体験はオブラートで包んだように苦味を薄められたものになっている。 神戸在住は全10巻を通して、一見物語のスタイルに変化が無いように思えるが、震災ボランティア編前後くらいから、マイノリティが登場する話が増えている。おそらく意図的なものだ。主人公は自然体で接しているが、現実世界ではマイノリティへの偏見は少なくはない。 物語の後半、尊敬する人の突然の死によって、それまでにない激しい感情のうねりが描かれる。友人を心配して気を使ってきた主人公が、今度は心配してくれる友人に対して心を閉ざし、よそよそしい態度を見せる。 また、最終巻で書き下ろされたエピソードでは、「尊敬する人」の視点から安らかな最期が描かれる。安らかな死とその死への激しい悲しみ。 これらの対比で作者が何を言おうとしたのかは分からないが、読む人によっては、人が人を理解しえないという当たり前の事実について改めて考えるかもしれない。 この物語では全巻を通して、もう一人博士後期課程の学生が登場する。 文系の男子学生が参加している震災ボランティアの拠点に、大学から資料の束が届く。 「将来は大学の先生ですか?」と仲間の女子高生が尊敬の眼差しで問いかける。 「そんな、いいもんとちゃいよるで」と学生は苦笑して答える。 何気ないやりとりだ。 最終巻では、「日本では研究者の立場が弱い」とも口にする。 彼には婚約者がいる。 “諸々の事情”で結婚のめどはたっていない。“諸々の事情”は分かる人には分かる。 切実な問題に日常会話の中でサラリと触れている。 単純にほのぼのとした物語ではない。 誰にでも分かる直接的な表現が好まれる世の中だから、なおさら貴重に思える。 作者の真意はともかく、自分なりの読み方を試し、自分のまわりの人たちの心について考えてみるのも悪くはないだろう。 |
熱力十七歲- 001a (日劇)
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