弥勒世(みるくゆー) 上
上下巻で1200ページという大作で、一部きわどい
叙述もあるハードボイルドです。約40年前の本土復帰
直前の沖縄の現実に向き合うつもりがないなら、読む
のはやめたほうがいいでしょう。
5日間のストを構えた全軍労の幹部が、こう言ってい
ます。「このストは(中略)やっても無駄だが、やらなけ
れば自らが救われない」と。これに似たセリフ、楡周平
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・東京』で安田講堂に
立て籠もった学生も言っていましたっけ。
閑話休題。昨秋、小阪修平氏を偲ぶ会に参加(その場
には『叛乱論』の著者や「矢吹駆シリーズ」の作者の姿
もありました。)した時、司会者がしきりに「私たちは還
暦を過ぎようとしているが、このまま朽ちていいのか。」
と問うていました。つまり、大多数が辛うじて残り火を
絶やさずに生きてきたということなのでしょう。だから、
大学での挫折の後、権力の中枢を狙うというお話しな
ど、いかにも作り過ぎで笑止という他ありません。『再生
巨流』、『ラスト ワン マイル』と快調に飛ばしてきて、ちょ
っと調子に乗りすぎましたね、楡さん。
しかし、1969年の安田講堂攻防戦と1970年のコザ
暴動、同時期の話題をとりながら、本書の主人公の世
界をぶち壊すという思いに迷いはありません。主人公を
頼る少女の惨死や理想に生きる恋人の自殺、そして主
人公自身の殺人行為など下巻は凄惨で殺伐とするきら
いもありますが、人々の暴発と主人公と仲間の米軍基地
へのテロ行動がクロスするクライマックスまでストーリー
は疾走してやみません。ラストでは、『仁義なき戦い 広
島死闘篇』(深作欣二)での特攻くずれ(北大路欣也)の
最後を思い出し、その迫力に五臓を貫かれました。
<付記> 著者の最新作『淡雪記』を読みました。やっぱ
りハードボイルドの筆致には純愛は向かないかなと。横
道に入らず王道を進んでもらいたいと改めて思いました。
(2011/06)