翼の帰る処 3 ―歌われぬ約束― (下) (幻狼ファンタジアノベルス)
真っ先にキャラ造形への「萌え」を窺わせるようなレビュータイトルでアレなのですが、まさしくこうとしか言えないヤエトさん(37歳男性・独身)が
命を削って東奔西走する「翼の帰る処」、待望の最新刊です。
待ちに待った最新刊と言うことで、改めて6巻通して読むと主人公たるヤエトの造形の素晴らしさをまず挙げたくなります。
シニカルなのに熱血漢、変人なのに常識人、職業柄紡がれた歴史の重みを理解し傅きながら盲信は決してしない。
部下に対する押しつけがましくないバランス感覚を保った差配、「責任は私が取ります」と格好付けることもなくぽろりと零せる真摯さ。
「今やらなければならない」と身体を張って倒れるまで仕事をこなすが、それもこれも「穏やかに余生を過ごすため」と本気で言って憚らず、
「信頼なんて重たいだけ」と嘯き、実際に照れ隠しもなく嫌がっているけれど、寄せられた信頼には眉をしかめながら応える生真面目な官僚。
これだけ見ればまるで聖人君子だけど、蹴落とそうとする敵に対して見せる眼差しは政治家らしく冷徹。
慇懃である種のエゴイストでありながら、誰もが信頼を寄せずにはいられない。多面的で不思議な魅力を纏った中年男が、妹尾さんの手で実に鮮やかに描き出されています。
たいそう嫌味で非現実的なキャラにも思えますが、6巻通しで読めばこの希代の「変人」の魅力に取り憑かれてしまうかもしれません。
もしこんな上司いたら全力で尽くしてしまいそう。ヤエトと言う男の生き様を追えるだけでも、このシリーズに出会えてよかったと思えるくらいです。
もちろんキャラ造形にとどまらず、ストーリーの歯応えもスルメ感たっぷりです。
ヤエトに限らず描き込まれた登場人物たちのやりとりからいつの間にか物語が進行しているため、さらりと一読しただけではなかなか骨格を掴みづらいのですが…
「歴史を紡ぐのも、神話を伝えるのも人間なのだ」と言うテーゼを主眼に据え、会話とヤエトの思惟を前面に押し出した文を何度か読んでいくうちに
語られる歴史から醸し出される、しっかりとした「人間の熱」を感じ取れるはず。超常の力、「恩寵」と言うギミックにいたずらに頼らず
歴史と神話の交点(主に神話寄りではありますが)を背景に「ひと」を描く、まさしく王道を行くファンタジーノベルと言っていいでしょう。次が早く読みたい!
あとミムウェ様かわいいよミムウェ様。
蛇足ながら、須賀しのぶさんの「流血女神伝」が終わってから「もうこういうファンタジーノベルは読めないかもしれないなあ…」と思っていました。
予想が早々に、いい意味で裏切られて本当に嬉しい。