小学生の頃、この本の中に出てくる「ヴェヴェールの卵」に憧れました。あつあつの半熟卵にホワイトソースをかけるだけの料理ですが、ホワイトソースをまとったつるつるの白身をスプーンで割ると、中から半熟の黄みがとろりと流れ出て・・といった記述があり、その様にうっとり。食べてみたい!と思ったのでした。
母にホワイトソースの作り方を教わって作ってみたら、熱々のまま半熟卵の殻をキレイに剥くのが一番難しいと書かれていたとおり、悲惨なでこぼこ卵になってしまったうえ、ホワイトソースのできもいまいち。でも「これが巴里の味?」と、嬉しかったのを覚えています。
あれから40年あまり。この本のおかげで料理エッセイ好きになったものの、料理は手抜き一筋。ホワイトソースもいまだにうまくできないけれど、またトライしてみようかなぁ。
茉莉さんの初期の随筆を集めた本です。なので、後年の"気紛れ書き"や"ドッキリチャンネル"に見られるような毒、というのか悪態をつく茉莉さんは見られませんが、この頃の文、とてもしっとりして大好きです。パッパ、鴎外のことももちろんですが、美人で誤解されやすかったお母さんのことを書いてる随筆がとてもいいです。なによりもよく子供の頃のことを覚えているなぁと、驚かされます。子供の頃のタオルの感触や、庭に咲いてた花の匂いや色、お味噌汁の鍋の底でカラカラいう貝の音まで細かく随筆にしたためられて、美しい映像を見ているような気になります。この本で茉莉さんは本格的な文壇デビューを果たしたのでしたね。
森茉莉って、こんなさわやかに解釈されて良いものなのかしらん、と疑問に思うのだ。怖いけど、憎たらしいけど覗いてみたい、そんな気持ちはこの本からは起こってこないのだ。彼女を仕上げのスパイスに使うのは、失礼じゃないのかしら。彼女は骨の髄だと思うんだけどなあ。 ちょっとおしゃれに仕上がりすぎて、近頃のスローライフに乗っかった感じがしてしまうけれど、彼女の人柄から作品に向かっていく入り口としては楽しい。
4編中3編が同性愛ものですが、別に「ゲイ」という部分に重きはなく、 とんでもなく綺麗で贅沢で現実離れした、惑溺しそうな恋愛小説集です。 森茉莉の耽美ものは、好き嫌いが激しく別れるかもしれません。 句読点の打ち方や漢字の使い方が独特で、そこも好みの別れるところでしょうが ちょっと真似したくなるような魅力があります。字面の美しさはこの作者ならではです。 また、この人は自他共に認めるすごい食いしん坊だったらしく、食べ物の描写が 上手でそこも魅力です。美男の主人公がレストランで恋人の美少年のためにあつらえたメニューが 「鶏の清肉汁(コンソメ)と冷肉(コオルドビーフ)にちさのサラドゥ、 乾葡萄入りの温かいプディングに、果物と珈琲」・・・何でもないようで、すごく美味しそうでしょう?
世の表面にふわふわと浮いて暮らしている著者の不思議な生活。 「フツウの生活」をやり棄てて、ただ自分の好きなものだけを目で追う暮らし。 縦横無尽に見えながら、その行動範囲は存外狭い。 脳漿の中のバーチャルな世界で暮らしている。 ぞろぞろと連なる文章は、とりとめもない雑談のような話の飛び具合。 寂しさを紛らすうちに習慣になった独り言のようで哀しい。 著者は1987年6月6日、自室で心不全のために孤独死、2日後に家政婦に発見された。
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