帯には、 「質問で返せ!」 「話を変えろ!」 「プレッシャーを与えろ!」 など、殺伐かつ好戦的な表現が踊っています。
相手を思いやり、うまく反論できればということだと 思います。 うまく、反論を利用できれば、 といったところです。
数学のように答えが1つしかないような場合を除いて、ほとんどの主張には反論可能な問題点が存在する。ある主張が誤っているにもかかわらず、反論が全くない場合、謝った結論が導かれることになる。それに対し、どのような発想で訓練することで、適切に反論できるようになるかを説いた書。
著者が実際に、学生に教育している初歩的な訓練法、手順を例に解説しており、非常に読みやすい点で好感。
正しい主張であっても、それに反論する姿勢を持つことは、その主張に内在する問題点を明らかにし、修正できる可能性がある点で重要である。すべての意見に対して、常に考察し、よりよい結論を導くための議論を著者は望んでいると思われる。しかし、読む側にとってはこの書によって、正しい意見を誤った方向に導くための『屁理屈』を生み出す技術として悪用することも可能である。したがって、読む者の倫理観や客観的思考能力を同時に養う書を読んだ上で、本書を読むことを勧める。
他のアルバムに漏れず完成度が高い。 弱気なぼくらとナーバスを1枚にしてしまったのが惜しい。 もうちょっと曲を聴きたかった。
論理的思考、ディベートによる議論では、世の中は何も変わらない。論理的整合性ではなく、数が多い方が世の中では勝つ。青春のロゴス信仰病に罹った後で何とか免疫を得て、無事に大人になった人たちには、これは当たり前の話です。先ずこの実社会での対話の場は、そもそも不均衡な力関係の場だという事実を認めること。しかし他者を動かすのに直接的な力を用いるのではなく、可能な説得手段で行う。この立場に立って、その説得手段を発見するのが、著者のいう「レトリック」だそうです。
本書では、形式論理学、もっと広く非・形式論理学の知識を前提にしています。それらが非論理的だとして排斥してきた考え方も、「レトリック」から見ると有効な手段として使えるのではないかという目で再考されています。著者の解説に従って行くと、「虚偽」の論理とか、「詭弁」とか言われて、「まっとうな考え方」をしたいならば避けるようにいわれてきた思考法の中に、「レトリック」の宝が詰まっていることが見えてきます。
思考が粘り強く綿密です。いわゆる論理的思考が過ちと考えている、その根拠への反論。あるいは、もっと積極的に議論を挑まれた時に勝ち抜く答え方など。考えることが好きな人には面白くて、著者の考えにはまります。
「あとがき」に、正にロゴス信仰の誉れ高かった高名なギリシャ哲学者の話があります。本書全体をここから見直すと、健全な広い知的活動をする世間の大人の立場に著者がしっかりと位置しているのが良く分かります。
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